H29.05

 

「イッショニ スワッテ クダサイ」

 

 

先日,私が妻と京阪特急に乗ったときのことです。

 

樟葉から乗ったのですが,あいにく空いた座席はほとんどありませんでした。でも,横に並んだ二人掛けの座席の通路側がそれぞれ空いているのを見つけ,妻とは通路を挟んで座ることができました。

 

私の横の座席,つまり窓側に座っておられたのは私よりずっとお若く見える外国人の男性でした。その方はスマホに見入っておられたのですが,電車が発車した頃にやおらご自分の荷物を持ってすっくと立たれたのです。「あれ?今発車したばかりなのに。降りる駅を間違わはったのかな?」と心配していると,その方は私を見てにっこり笑い,

 

「イッショニ スワッテ クダサイ」

 

とおっしゃったのです。何と,その方は私と妻が連れであることと座席の都合で離れて座ったことを理解し,妻の座席と換わってくださったのです。お陰で私と妻は二人掛けの座席に並んで座ることができ,普段はあまり弾まない会話が珍しく弾みました。

 

 この出来事は日常の何気ないひとコマではありますが,私と妻の心はその日一日ほんわかほんわかしていました。あの男性にたくさんたくさん感謝です。

 

 さて,地球上で人間ほど「感情」が繊細な生き物はいないでしょう。嬉しいことや楽しいことがあれば気分が高揚し,苦しいことや悲しいことがあれば気分は落ち込みます。また,親切にされると心がほんわかし,悔しいことがあれば心がとげとげします。

 

このことは大人も子どもも同じです。大人だけのことではありません。子どもだって気分がいいときもあれば,プンプンするときもあるのです。でも,大人はついつい子どもを「子ども扱い」してしまいがちです。時にはナイーブな子どもの心を無神経にも逆撫でしてしまうこともあります。子どもにも大人同様に感情があり,その起伏もあるということを忘れてはいけません。

 

例えば,大人は人前で上司になじられたら,その上司に怒りを覚えたり,もしくは穴があったら入りたいような気持ちになったりするでしょう。子どもだって同じなのです。近頃は公衆の面前で子どもを叱り飛ばす親をよく見かけますが,叱られている子どもはどんな気持ちでいるのでしょうか?その腹立たしさを胸に秘め,一生涯親を怨むかもしれません。もしくは,とてつもなく恥ずかしい思いをもち,その後のコミュニケーション能力の育成に影を落とすかもしれません。

 

「子どもだからこのぐらいはいいだろう」ではなく,「子どもだからこそ心を大切にしてあげなくっちゃ」と考えてほしいのです。こどもには毎日ほんわかした気持ちを持たせていただきたいのです。

 

話題が途中から脇道にそれてしまいましたが,趣旨をお察しいただき,お子達の心を大切にした子育てをお願いしたいと願っております。お子達にも「イッショニ スワッテ クダサイ」のような温かい言葉をかけてあげてくださいますように。

 

H29.04.04

 

「和やかな雰囲気の入園式でした」

 

 先ほど,今年度の入園式を終えました。

 お天気に恵まれ,在園児代表(藤組,青組,黄組)のみんなもしっかりお歌を歌い,ご来賓代表のお三方からはとってもいいお話を伺うことができ,素敵な入園式だったと思います。

 今日から小学校入学まで,みんな一緒に楽しく過ごしましょうね(^^♪

H29.04.04 お天気に恵まれました♪ 本日午前10時より入園式を挙行いたします。

H29.04.03

 

「明日は入園式です」

 

 桜の花に迎えられ,13名の子ども達(さくら組19名,もも組4名)が明日入園します。入園式には藤組と青組と黄組のお兄さん,お姉さんが参列し,新入園児の入園をお祝いしてくれます。

 きっといいお天気に恵まれることでしょう。明日を楽しみにしています(^^♪

H29.04

 

 

待ちかねた春です♪

 

 

 ご入園,ご進級おめでとうございます。子ども達をお祝いするかのように,境内の桜が開花を始めました。今年度は13名の新しいお友達を迎え,藤組28名,青組27名,黄組26名,赤組26名,桃組23名,桜組10名の合計140名で平成29年度がスタートします。

 

 職員組織は若干変動がありました。園長と主任保育士は留任ですが,副主任保育士はフリー保育士として園全体に関わります。また,更に手厚い保育を目指して保育士の人数を増やしました。子ども達が新しい保育士に早くなじんでくれることを願っています。

 

 さて,壬生寺保育園では何よりも伸びやかな保育をモットーとしています。人格の形成においてとても大切な乳幼児期に「優しく,厳しく,そして丁寧に」を心掛け,心の通った保育を進めてまいります。そして,そのためにはご家庭との連携がとても大切です。子育てのことでお悩みのことがありましたら,どうぞお気軽に園にご相談ください。お子達に変わったことがあった場合もご連絡ください。ご家庭と園とでしっかり連絡を取り合って,大切なお子達をまっすぐに育ててまいりましょう。

 職員一同,のの様(仏様)に見守っていただきながら,子ども達と一緒に笑顔で一年を過ごしていこうと心を新たにしています。ご理解とご協力とをどうぞよろしくお願いいたします。

H29.03

 

子どもを「叱って」ください

 

 

私が壬生寺保育園に赴任しておよそ2年経ちました。この間,若干ではありますが保育園の仕組みや保育の内容等を学ばせていただきました。また,お仕事をしながら子育てをしておられる保護者の方々のご苦労やお悩みも少しずつ分かってきました。あわただしい毎日ではありながら,前向きに子育てされている皆様方に敬意を表します。

 

 

さて,今月は「叱る」と「怒る」について私見を述べさせていただきます。

 

 

「叱る」はその子の自尊心を傷つけないよう,冷静な気持ちで正しい道をさとすことです。愛情のこもった指導の仕方です。この場合,体罰はあり得ません。それに対して,「怒る」はその子の気持ちを二の次にして,保護者自身の怒りを子どもにぶつけることです。そこには子どもへの愛情があまり感じられません。この場合は体罰を伴うこともあります。私は「叱る」と「怒る」をこのように区別しています。

 

 

では,具体的に考えてみましょう。例えば,食事中に子どもが味噌汁をひっくり返したとしましょう。

 

 

A:「あ~あ,大変。やけどしなかった?このおふきんでふきなさい。お父さんはテーブルの下をふくよ。よそ見してたからやね。これから気をつけような」

 

 

B:「こらぁ!!何やってんのや!よそ見してるしやろ!気いつけんかい!(ポカッ!)」

 

 

怒って怒鳴りつけると子どもは顔も体も「大変なことをしてしまった」という様子になり,身を震わせて涙をこぼすことすらあります。親はその様子を見て「よし,反省したな」と満足するのです。でも,子どもの心の中は「次からはよそ見をしないようにしよう。」が主ではなく,「お父さんに怒鳴られないようにしよう」「お父さんの前ではちゃんとしなくっちゃ」が主となるのです。また「自分はいっつも怒られる」「自分はあかん子や」と卑屈になってしまいがちです。子どもに恐怖心を与えて言うことをきかせようとしていると,いつかとんでもないことになってしまいますよ。

 

 

叱った後のフォローも大切です。過去に叱り許したはずの事例を持ち出すのも厳禁です。

 

 

A:「こぼした味噌汁の後始末がちゃんとできたね。偉かったよ。これからは気をつけるよね」

 

 

B:「ほんまにどんくさい子やなあ。今までに何回もひっくり返してるやろ」

 

 

 子どもなりに「もう失敗しないようにしよう」と思えるのはどちらなのかは明白ですね。過去に何かをやらかして怒られ,謝り,許してもらえたはずの事例は,再度蒸し返してはいけません。

 

 

スーパーの中で我が子が走り回っているときはどうでしょう。

 

 

A:「ここはたくさんの人が色々考えながらお買い物をしはる場所なんよ。走り回っていいのかな?」

 

 

B:「こらぁ!!走んな!何べん言うたらわかるんや!しまいに,お店のおっちゃんに怒られるで!」

 

 

Bの親は自分が恥ずかしい思いをさせられたことが許せないのです。また,「何回も注意してますよ」という周りへの言い訳もあるでしょう。さらに良くないのは,「ほかのお客さんの迷惑になるから走り回ってはいけない」ではなく「お店の人に怒られるから走ってはいけない」という間違った理由を子どもに刷り込んでしまう点です。

 

 

子育て中の煩雑な毎日の中では,冷静になれずについつい「怒って」しまう場面もあることでしょう。でも,「怒る」の割合が増えれば増えるほどお子達の自尊感情が損なわれ,将来の姿に影を落とすだろうことはわかっておいてください。

 

 また,「叱り方」にも注意が必要です。

 

 冷やかしたり,からかったり,いやみを言ったりしてはいけません。まだ小さいうちの子どもはそんなとき笑ってやり過ごそうとします。でも心の中はとってもつらいのです。嘲笑されたときのつらい思いはなかなか表には出ません。でも,そのつらい思いが心の中にどんどんたまっていきます。叱るなら,「この子がきちんと受け止めてくれますように」との願いを込めながら叱ってください。

 

 愛をこめて子育てしましょう。

 

H29.02

 

『6.5%のお話~2~』

 

 

 

 落ち着きがなかったり,協調性に欠けたり,感情のコントロールがうまくいかなかったりする子がいると,周りの人たちから「(母)親の育て方が悪いんやろ」と陰口を叩かれるような時代が永く続きました。今でも一部の不勉強な人たちは同様のことを言っているようですが,その割合はここ数年ぐんと減りました。素直にいいことだと感じています。上記のような特性をもつ子どもは多くの場合,先天性の発達障がいが考えられるのですから。

 

 

 さて,今回はADHD《注意欠陥(欠如)・多動性障がい》の3つの特性について考えてまいりましょう。

 

 

 ①「不注意」 忘れ物が多く,忘れっぽく,物をなくしやすい。

        片付けや整理整頓が苦手である。

 

  注意が長続きせず,気が散りやすく,何かやりかけていてもその

  ままほったらかしにする。

 

  集中しにくいが,やりたいことや興味のあることには集中しすぎ

  て切り替えができない。

 

 

 ②「多動性」 手や足など,身体のどこかが常に動き,落ち着いてじっと座ってい

        られない。

 

        走り回ったり高いところに上がったりすることが多い。

 

        活動に参加することが苦手で,静かにすべきところでおしゃべりす

        る。

 

 

 ③「衝動性」 順番が待てない。会話の流れを気にせず,思いついたらすぐに発言

        する。

 

        他の人の邪魔をしたり,さえぎって自分がやったりする。

 

        気に障るようなことがあったら乱暴になってしまうことがある。

 

 

 こうやって列挙してみると,本人のしんどさがはっきりわかりますね。だって,毎日毎日親からも先生からも叱られている姿が目に浮かぶようだからです。その上,失敗体験を繰り返し,友だちとのトラブルが多く,これでは自己肯定感が下がる一方です。注意されたり,問題視されたり,怠けていると思われたりの毎日ですが,本人からすれば悪気があってしていることでも,怠けているわけでもないのです。

 

 

 ADHDの症状が顕著に現れるのは小学校に上がる前後あたりが多いようです。また,ADHDであると診断される平均年齢は男子は8歳,女子は12歳といわれています。

 

 

 思春期になると他人と自分を比べて悩むことが多くなります。ADHDの子どもはこの時期に劣等感が大きくなりがちです。そして,その劣等感から学習意欲が乏しくなり,学力が著しく低下することがあります。また,やる気がなく投げやりになったり,自分の世界に入り込んだりすることもあります。この結果,不登校や引きこもりなどの二次障がいが現れることもあります。

 

 

 我が子の特性に一日も早く気づき,親としての支援を心に決め,児童福祉センターなどに相談し,療育施設に通わせることが本人の「困り」解消に向けてとても大切なことなのです。しかし,何より大切なのは,我が子のどんな小さなことにも気づき,頑張ったことやできたことをその場で即時にほめてあげることです。こうやって自己肯定感を高めることで,少しずつ多動や衝動性などの症状は落ち着いてきます。

 

 

 ADHDの特性は親を悩ませるものが多いのですが,「一番困っているのは本人である」ということ,「本人はわざとやっているのではない」ということを忘れずにサポートしていきたいものです。

 

 

H29.01

『迎春』

 

 

 

 新しい年を迎えました。今年は酉(鳥)年です。一説によると,酉は真面目で仕事を大事にし,面倒見がいいそうです。どれも大切な力ですね。

 

 

 さて,昔々大昔,喧嘩の絶えなかった動物たちを見かねた神様が動物たちを集めて「来年の元旦(元日の夜明け)に挨拶に来た順番でリーダーをしてもらう」とおっしゃったそうです。

 さて,その元朝,酉はいつも通り,朝が来たことを鳴き声で皆に知らせていたために出遅れたそうです。その上,途中で喧嘩を始めた申(猿)と戌(犬)の仲裁に入ったものですから,さらに遅れたそうです。

 

 

 そう考えてみると,酉って何か素敵な存在ですよね。今年はいい年になりそうな気がしてきました。

 

 本年もどうぞよろしくお願いします。共に子ども達を育んでまいりましょう。

 

 

 

 

~6.5%のお話~

 

 

 6月号にも掲載しましたが,発達障がいの可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒の割合は約6.5%,つまり30人学級では2名の児童・生徒に発達障がいの可能性があることになります。

 

 

 発達障がいは脳機能の発達が関係する生まれつきの障がいで,以下の5つに分類されています。

 

 

広汎性(こうはんせい)発達障がい(自閉症,アスペルガー症候群(しょうこうぐん)などの総称)

 

注意欠陥多動(ちゅういけっかんたどう)(せい)障がいAD/HD)      ③学習障がい(LD

 

④トゥレット症候群(重症なチック障がい)     ⑤吃音(きつおん)

 

 

◇ 学習障がいがある人は,コミュニケーションや対人関係が苦手です。また,その言動は「わがままだなあ」「困った人だ」と受け取られて敬遠されたり,疎外されたりすることもあります。でも,先天的な脳機能の障がいによるものなので,周囲の人(特に家族)の理解が大切です。

 

 

◇ また,発達障がいは先天的な障がいなので,大人になってから発症するということはありません。子どもの障がいだと思われがちですが,近頃は大人になってから発達障がいの診断を受けたり自覚したりする人が増えています。発達障がいは昔からあった障がいなのですが,認知されるようになったのは最近になってからです。つまり,障がいに気付かずに大人になった人が多いということです。また,自分の障がいに気付いていない大人も多いということです。

 

 

◇ ということは,大人も,子どもと同じように約6.5%の割合で発達障がいの可能性があるということです。大人になって診断を受け,今までの自分の「困り」の原因がそこにあったのだということがわかって安心する人もいれば,受け入れられずに苦しむ人もおられることでしょう。もしかすると,受け入れられない理由は,それまで自分が発達障がいに偏見の眼を向けていたからなのかもしれません。

 

 

◇ ここで大切なのは,発達障がいであるなしに関わらず,世の中の人みんなが発達障がいを理解し,温かな心をもつことです。その為に,まず発達障がいについての正しい知識を身に付けましょう。

 

H28.12

 

『サザエさん一家への憧れ』

 

 

 

 私は60余年間ずっと核家族で過ごしてきました。今もそうです。そんな,核家族しか知らない私にとって,しかも18歳の時からずっと集合住宅住まいの私にとって,サザエさん一家は一種の憧れです。

 

 

 このドラマはフグ田サザエさんが主人公ですが,憧れの1つはこの家族の人数と暖かさです。

 

 3世代同居の7人家族なんて,近頃ではそんなに多くないでしょう。それにフグ田家にはこの先ヒトデちゃんという女の子が誕生するらしいので,猫のタマを入れると9人家族になります。そんな家族の中で私が羨ましいのは,よくいたずらをしては叱られる磯野カツオくんです。なぜなら,彼が家族の誰かに叱られて落ち込んだとしても,必ず慰めたり励ましたりしてくれる人がいますから。叱った家族を含めて,みんな彼のことを大切に思っていますから。部屋の隅で独り泣いたりストレスをためたりすることは少ないことでしょう。

 

 

 カツオくんが学校から帰ってすぐ,宿題もしないでバットとグローブを持って家を飛び出していったとします。家に帰ると母親のフネさんと姉のサザエさんからダブルで叱られるのは目に見えていますよね。更に,お父さんの波平さんは帰宅早々,フネさんに促されてカツオくんを叱ることでしょう。でも,泣きながら夕ご飯を食べ終えたカツオくんにはマスオさんという優しいお義兄さんがいます。無邪気な甥のタラオくんもいます。彼らによって慰められたり癒されたりしたカツオくんは自分の居場所を再認識するわけです。

 

 

 カツオくんの甥のタラちゃんはもっといい環境にあります。母親のサザエさんにガミガミ言われても、きっと一番最初に叔母であるワカメちゃんが慰めてくれることでしょう。父親のマスオさんは勿論のこと,祖父母の波平さんとフネさんもきっと優しい言葉をかけてくれることでしょう。

 

 

 サザエさん一家は家族全員が安心して心を許し,ゆっくり落ち着ける,あったか~い家庭なのです。

 

 

 更に憧れるのは親戚やご近所とのとても良い関係です。

  波野ノリスケ・タイコ夫妻とその子どもイクラちゃんは頻繁に磯野家に出入りし,家族同然のお付き合いをしています。となりのおじいさんとおばあさんはカツオ,ワカメ,タラオを本当の孫のように可愛がってくれています。フネさんの女学校時代の同級生であるお軽さんとその夫伊佐坂難物さん,それに2浪中の息子甚六さんと高校生の娘ウキエさん,テリアのハチ。気軽に声を掛け合える心優しい隣人です。三河屋の御用聞きの三郎さんもいいキャラクターです。

 

 

 良好な親戚付き合いや近所付き合いは子どもの心を安定させ,安心感をもたらします。きっとコミュニケーション能力も向上することでしょう。人とのつながりを大切にする心優しい大人になっていくことでしょう。

 

 

 さて,皆さんのご家庭はお子達にとってどんな家庭ですか。サザエさん一家のように子どもにとって「居心地のいい」家庭ですか。「何でも話せる雰囲気のある」家庭ですか。特に,家族の人数が少ないご家庭はお子達の逃げ場所やガス抜きの機会をちゃんと作るようお心がけください。

 

 

 子どもは親の所有物ではありません。親の命令をきくだけのロボットではありません。個性と人格と感情をもった尊い存在なのです。ですから,子どもに自分の価値観を押し付けないでくださいね。子どもの自由な発想を妨げないでくださいね。子どもをコントロールしようとしないでくださいね。転ばぬ先の杖を与えることなく,子どもには自分の人生を自分で切り開かせてあげてくださいね。

 

 

社会のルールを教えるために,時には厳しく叱ることもあるでしょう。でも,その後は家庭内でしっかりフォローしてくださいよ。ガス抜きも考えてあげてくださいね。親はついつい「自分に甘く,子どもに厳しく」なりがちです。でも,親の特権なんてありません。子どもに注意したら自分も守ってください。また,親戚や地域の中で孤立した家庭にはしないでください。子どもは親戚や地域の中で大きく育つものだからです。

 

 

今回は私自身の子育てを振り返っての,いわば「懺悔」のようなものだとご理解ください。またも長いつぶやき,申し訳ありませんでした。

 

H28.11

 

『うろたえた私』

 

 

 

 このコーナーは私見や私事が多くていつも申し訳ない気持ちでいるのですが,今回もまた私事です。

 

 

 先日,私は「めまいを伴う突発性難聴」を発症しました。最初は家の中を壁伝いでないと歩行できないことが主症状だったのですが,翌日の夜には左耳が全く聴こえなくなりました。左から話しかけられても右耳しか聴き取らないので,右に顔を向けてしまうのです。ただ,早期のステロイド投与と安静とが功を奏し,今は幸いにも聴力はほぼ回復しました。

 

 

 今思い返してもぞっとするのですが,左耳が聴こえなくなったことが判った瞬間の自分は一種のパニック状態に陥りました。「一生このままなのか?」「そのうち右耳も聴こえを失うのではないか?」「そうなれば仕事は続けられないだろう」「社会生活にも大きな支障が出るはずだ」「自分は勿論,家族にも手話を覚えてもらう必要があるな」など,一瞬のうちに色んな思いが頭をよぎりました。

 

 

 私はある程度は障がい者のことを理解し,寄り添う気持ちをもっているつもりでした。でも,自分が障がい者になるかもしれないと思った瞬間の慌てふためき様は,とても情けないものでした。今まで人前で偉そうに障がいについて話をしたり,発達障がいの相談に乗ったりしていた自分が恥ずかしく思えてきました。

 

 

 論評したり批評したり,はたまた批判したりすることは簡単なことなのかもしれません。でも,そんなとき,自分を相手の立場に置き換え,深く考えてから意見を述べることがとても大切です。私はうろたえた自分の姿を通してこのことを痛感しました。

 

 

そしてまた,このことは子育てにも通じるものがあるのではないかとも考えました。言うことを聞かない,何故かいやがる,機嫌が悪いなど,子どもが自分には理解しにくい行動をとったとき,本当に子どもの立場に立って考えているのかどうか。自分の都合だけで叱り飛ばして無理やり言うことをきかせようとしているのではないか。ふと立ち止まって考えることも大切なのではないかと思います。

 またしてもとりとめもない文章で埋めてしまいました。寛大な読者の皆様,ご勘弁ください。

 

H28.10

 

『草抜きと女の子』

 

 

 リオデジャネイロでのオリンピックとパラリンピックが閉幕しました。開幕前は財政面や政治面,安全面で何かと不安視する向きもありましたが,終わってみるとブラジルの底力を垣間見た思いがします。

 

 

 さて,パラリンピックでは日本が獲得した金メダルの数は0個でした。開催中にまだ金メダルに届いていないことに気づいた私は,そのときの報道に接して違和感を持ちました。

 

 

「もしこの大会がパラリンピックではなくオリンピックだったら,マスコミはどんなふうに報道するだろうか。もしかすると『日本,未だに金メダルゼロ!』『どうした日本!』といった具合に選手団を責め立てるような論調になっていたかもしれない。でも,私の知る限り,責め立てるような論調どころか,その時点では銀メダル止まりであることを強調する報道すらなされていない。この違いは何なのだろうか?」

 

 

「サッカーワールドカップのアジア予選でいい結果が出なかったとき,マスコミや多くのファンは監督や選手に対してとても厳しい批評を投げかけた。でも,障がい者スポーツの世界大会予選だったらここまで厳しいだろうか。この違いも何なのだろうか?」

 

 

 ここからは正に私見なのですが,私はこの違いこそが世の中に見え隠れする偏見の本質なのではないかと思います。極端な言い方かもしれませんが,「障がい者ってかわいそう」「障がい者なのによく頑張っている」といった見方や考え方が根底にあるのかもしれないと思っているのです。

 

もしかすると,そう考えている人が多く存在すると判断し,そんな方々の目を意識して,マスコミが違う扱いをしているのかもしれません。

 

 私は「オリンピック選手を厳しく批評するならパラリンピック選手も同様にせよ」と言っているのではありません。結果としてそうなるかもしれませんが,同じ扱いを望んでいるのです。

 

 

 私は長年,小学生のそばにいました。小学生はとっても優しいんです。同学年の特別支援学級(京都市立学校では育成学級と呼ぶ)児童が交流学習に来たりするととっても優しい態度で接してくれます。でも,クラスのお友達のことは「◇◇さん」と呼ぶのに特別支援学級児童のことは「〇〇ちゃん」と呼んで年下の子ども扱いをする子や「〇〇ちゃんはできないから~してあげる」という感覚で接する子,「〇〇ちゃんやからええねん」と何でも許す子もいます。優しい心をもっているのはわかるのですが,その障がい児のことを理解し,対等な立場で接することも教えなければなりません。

 

 

 あるとき,2年生が花壇の草抜きをしていました。肢体の不自由な男の子も参加していて,車椅子から降りて地面に座り,不安定な姿勢を保ちながらなかなか自由に動かない指で草を抜いていました。すると,その横に,草抜きをしないでじっとしている女の子がいるのに気付きました。しばらく様子を見ていると,その子は男の子のことを見つめていることがわかりました。いや,男の子がバランスを崩さないか,ちゃんと草を抜けるかを心配して,見守っていたのです。そのとき私は「これだ!」と思いました。この女の子の姿こそが真の優しさだと感じました。「手伝ってあげる」ではなく,「自分でやろうとしているのだから,私にできることはこのお友達を見守ること」と考えていたのでしょう。後日,本人に確かめてみると,果たしてそうでした。

 

 

 世の中の人が皆「障がい」について正しい理解をもち,対等な立場で障がいのある方の心に寄り添ってくださることを,私は切に願います。

 

H28.09

 

『小1プロブレム解消に向けて』

 

 「小1プロブレム」という言葉があります。1998年頃,ある大学の先生が提起した言葉であるとされています。この言葉は「小学校に入学したばかりの1年生の,集団行動が取れない,授業中に座っていられない,話が聞けない,指示に従えない,一定時間静かに過ごすことができない,勝手に歩き回る,教室から出ていく,などの状態が数か月続くこと」を指します。また,「こうした不適応状態が継続し,クラス全体の授業が成立しない状況に陥っていること」を指す場合もあります。ただ,今は「小学校の行動様式になじめず,不安な状態が続く子どもの苦悩」を意味する場合もあるようです。

 

私が小学生だった頃には恐らくなかったであろう「小1プロブレム」の原因については諸説ありますが,機会があれば稿を改め詳しく述べたいと思います。

 

さて,本園では「小1プロブレム」解消のためには小学校との連携がとても大切であると考えています。保育園の取組や園児にできることを小学校教員に知ってもらい,逆に小学校の教育を我々が知ることが第一歩です。小学生と幼児の具体的な交流を進めていく必要もあります。

 

昨年度末は当時の藤組さんが進む予定の小学校の校長先生が何名か保育参観に来てくださいました。小学校に入学した後は,ご案内いただいた小学校へ日曜参観などの機会に卒園児の様子を見に寄せていただきました。話し合いの場を設定してくださった小学校では,旧担任が1年生担任との話し合いに臨みました。しかし,保育と教育の連続性・一貫性についての意見交流は道半ばです。

 

そこで,壬生寺保育園が朱雀第三小学校の校区内にあることから,本園は朱三校との「保小連携(文部科学省的には「幼少接続」という)に取り組むことにしました。京都市教育委員会の「幼少接続」研究指定を受けられた朱三校からのご依頼ではありましたが,本園としても渡りに船でした。

 

その連携の具体的な取組の最初は「お互いを知ろう」というテーマで,朱三校の日曜参観(5/29)と自由参観(6/23)の折りに本園より数名が参観させていただきました。逆に8/5には朱三校の先生方約20名が保育の様子を参観に来られました。

 

次のステップは「お互いを理解しよう」というテーマで,8/18に6名の朱三校の先生方が来園され,本園の保幼小接続推進チーム7名と「保育園に望むこと,小学校に望むこと」について話し合いました。

 

今後,3つ目のステップとして,園児と児童の交流行事や教員と保育士,栄養士の合同研修会などに取り組み,連携の充実を図る予定です。

 

  このように朱三校とは組織的に連携を進めておりますが,本園の卒園児が進む小学校は他にも10か校以上あります。それらの小学校ともできうる限りの連携を図っていきたいと考えています。「小1プロブレム」の解消に向けて保護者の皆様方のご理解を賜りますよう,よろしくお願い申し上げます。

 

 

H28.08

 

『みんなちがって,みんないい』

 

 

 

 またしても大変な事件が起こってしまいました。相模原市の障害者施設殺傷事件のことです。世界中から認められた平和な国,道徳心の高い国,日本はどこへ行ってしまったのでしょうか。

 

 容疑者が衆議院議長公邸に届けた手紙には「…。私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活,及び社会的活動が極めて困難な場合,保護者の同意を得て安楽死できる世界です。…。障害者は不幸を作ることしかできません。…。」と書かれていたと報道されています。とんでもない考えです。

 

 事件を起こさないまでも,また表面上は障害に理解あるような顔をしていたとしてもこの容疑者以外にも同じような考えをもつ人間は多くいることでしょう。そんな恐ろしい社会になってしまったようです。

 

 あるNPO法人は容疑者が「障害者なんていなくなればいい」などと供述していると報じられた点に触れ,「事実だとすると,障害者を『あってはならない存在』とする優生思想に基づく行為に他ならない」と非難しているそうです。

 

 私も同感です。人間は身体機能が正常に働かなければ存在価値がないのでしょうか。発達遅滞や情緒障害があると人間として認められないのでしょうか。絶対に違うと私は思います。人は人の存在を否定したり,人の命を奪ったりしてはいけないのです。人は人の値打ちを勝手に評価してはいけないのです。

 

 冒頭で触れたように,少し前まで日本は世界でも有数の平和な国でした。道徳的に優れていることでも有名でした。でも,残念ながら人権意識についてはもともと高い評価は得ていませんでした。それもそのはず,同和問題はなかなか解消できず,優生保護法の改正にも手間取った国ですから。

 

 今後を生きる子ども達に,今後の社会を担う子ども達に身に付けてほしいのは正しい人権感覚です。「みんなちがって,みんないい」のです。「世界に一つだけの花,一人一人違う種を持つ」のです。

 

 私たちの住むこの社会を平和な社会にするために,子どもたちを平和に過ごさせるために,子ども達に正しい人権感覚を身に付けさせようではありませんか。そして,そのためにまず大人が正しい人権感覚をもちましょう。模範を示しましょう。どうぞよろしくお願いいたします。

 

H28.07

 

『ふわふわ言葉』と『ちくちく言葉』

 

 

 

 表題の「『ふわふわ言葉』と『ちくちく言葉』」は小学校の道徳の時間などでよく使われる題材です。

 

 相手から言われてうれしくなったり,元気が出たりする言葉を『ふわふわことば』,それとは逆に相手から言われて悲しくなったり,元気がなくなったりする言葉を『ちくちくことば』と呼びます。

 

 『ふわふわ言葉』の例としては「いっしょにあそぼう」「じょうずだね」「がんばったね」「だいじょうぶかい?」,『ちくちく言葉』の例としては「あっち行け」「へたくそ」「どんくさ」「もう知らんし」などが挙げられます。

 

小学校段階では「もし,自分が『ちくちく言葉』を言われたらどんな気持ちになる?」と子どもに問いかけ,自己中心ではなく他人の立場になって考えさせるような指導を行います。そして,何気なくつかった言葉であっても相手の心を傷つけてしまうということや相手を尊重した言動の大切さに気付かせ,温かい言葉を進んでつかう態度を養います。

 

さて,小学校での指導は大切なのですが,その前に子ども達が何故『ちくちく言葉』をつかうのかを考えてみる必要があります。

 

言葉というものは先天的に備わっているものではありません。また,何の刺激もなしに後天的に身に付くものでもありません。言葉を発することのできる周りの人間がその子に話しかけたり,その子の周りで会話したりすることによって身に付くものです。ですから,周りの人間が日本語で会話しているとその子は日本語を習得しますし,英語であれば英語を習得します。

 

そう考えてみると,周りの身近な人たちが『ふわふわ言葉』で会話していると,その子は『ふわふわ言葉』を習得することになります。でも,周りの人たちの間で『ちくちく言葉』が横行していると,その子は『ちくちく言葉』を習得してしまうことになります。

 

子どもにとって言葉を習得する時期の,その子の家庭の言語環境がとても大切だということがわかります。

 

ただ,中には「うちの子は悪い言葉をつかうお友だちの影響で,とっても言葉遣いが悪くなりました」とおっしゃる方がおられますが,それは違うと私は思います。確かに良くない言葉をつかうお友だちの真似をしたのには違いありませんが,その子の中に『ちくちく言葉』を容認する素地ができてしまっているから良くない言葉を真似てしまったのです。『ふわふわ言葉』を大切にする素地のできている子達なら,そうそう真似るものではありません。

 

さあ,今一度ご家庭の言語環境を振り返ってみてください。「あほ」「やめ」「知らん」「ほっとけ」「へたくそ」「はよせえ」「またか」「あかんなあ」「うっとしい」「だまれ」「あっち行け」などといった『ちくちく言葉』をお子達に投げかけてはいませんか。ご家族同士で言い合ってはいませんか。

 

子どもを良い方向へ導くのも,間違った方向を選ばせてしまうのも周りの大人次第です。どうぞこの世の「宝物さん」を真っ直ぐに育ててあげてくださいますよう,よろしくお願い申し上げます。

 

H28.06

発達障害について学びませんか

 

 

 

唐突ですが,文部科学省の調査によりますと,全国の通常学級に通う小中学生の6.5%が発達障害の可能性があると推計されます。実際にその割合通りだとすれば,30人学級では2名の児童・生徒に発達障害があることになります。見た目にはわかりにくいが,コミュニケーションが苦手といった特性のある子どもがこんなに高い率で在籍しているようです。周囲の理解が不十分だと日常生活で困ることが多いことでしょう。高い「社会的障壁」があるなら,それを取り除く必要もあるでしょう。

 

さて,5月25日,「改正発達障害者支援法」が参議院本会議において全会一致で可決,成立しました。そもそもこの「支援法」は議員立法で2005年に施行された法律で,改正は約10年ぶりということになります。

 

「改正支援法」が目指す2つの柱は「教育」と「就労」の支援の充実です。関係機関が連携し,乳幼児期から成年後までの切れ目のない対応を目指します。特に「教育」の面では,発達障害がある児童・生徒が他の子どもと一緒に教育を受けられるよう配慮します。また,保護者との話し合いを進めながら「個別の指導計画」を確実に作成し,目標に向けて取組を進めることとしています。いい法律ができたものです。すべての人が法律の趣旨を正しく理解し,前向きに取り組むことができたなら。

 

ところで,「発達障害」とはどういうものなのでしょうか。厚生労働省が2008年に発行したリーフレットに文中の図が掲載されているのですが,この図でわかるように,いくつかの障害の総称が「発達障害」なのです。いずれも幼児期前後に表れ,中枢神経系の機能障害が原因であると推測されています。

 

私は園だよりのトップ記事を書かせていただいていますが,今年度は「発達障害」に重きを置いたページにしていこうと考えています。4月のひまわり会総会でお話ししましたように,自然災害は他人事(ひとごと)ではありません。そして,この「発達障害」も他人事ではありません。皆さんと共に学びを深めていきたいと思っておりますので,硬い文章になりましょうが,お読みくださいますようよろしくお願い申し上げます。

 

H28.05

自然災害に備えて

 

 

またしても大きな地震が日本を襲いました。命を落とされた多くの方々には心よりお悔やみ申し上げます。避難生活が続いておられる方々には一日も早く平穏な日常生活に戻られることを切に願います。

 

自然の前で人間は無力ではありますが,それにしても,このところあまりにも悲惨な災害が続くものです。1995年の阪神・淡路,2004年の新潟県中越,2011年の東日本など,この20年ほどの間に数多くの大地震が起こっています。

 

古来より日本は地震の多い島です。1923年の関東大震災からおよそ100年経ちますが,その間にマグニチュード7クラス以上の地震が実に1.8年に1度の割合で発生しているのだそうです。恐ろしい頻度です。

 

それでは,今,私たちがなすべきことは何なのでしょうか。恐らく「自分の命は自分で守る」ことに尽きるのではないでしょうか。大人は万一に備えて家屋の強度を見直したり,防災グッズを揃えたり,離散した場合を想定した家族の決め事を策定したりすべきです。子どもはいざというときに指示通り迅速に行動する力を身に付けておくべきです。

 

本園でも万一に備えての取組を進めています。一つは避難訓練の実施です。園児は1日のうちおよそ1/3の時間を保育園で過ごしているわけですから,在園中の非常事態に備えます。藤組,青組,黄組,赤組の子ども達には自力で境内に避難してもらい,桃組の子ども達には担任が付き添い,桜組の子ども2人を保育士1人が抱えて避難します。その訓練を段階を踏まえながら行います。

 

もう一つは園舎の耐震補強工事の実施です。少し前に瓦を撤去し,屋根を大幅に軽量化する工事を行いました。しかし,更に耐震能力を高めるために補強工事を計画しています(詳細が決まりましたらお知らせします)。

 

人間は弱い生き物です。でも,地球上で一番知恵を働かせる生き物でもあります。よく考え,正しく実行できる子どもを共に育ててまいりましょう。大切な子ども達を「自分の命を自分で守る」人間にするために。

 

 

 

【送迎の際の車上荒らしにご注意】

 

◇4月下旬の夕刻,西京地域の保育園の保護者の方が車上荒らしに遭われました。自家用車でお迎えに行かれた際,無施錠の車の中の貴重品類を盗まれたとのことです。以前,本園の保護者の方も同じような被害に遭われたことがあります。車から離れるときは「貴重品の携行」「施錠」をお心掛けください。

H28.04.16

 

「総会へのご出席,ありがとうございました」

 

 27年度の会長様始め,役員の皆様方には大変お世話になりました。感謝申し上げます。また,次年度に向けての3つの提言も有り難く受け止めました。今後は側面からの援助をどうぞよろしくお願いいたします。

 また,28年度の役員の皆様方,この1年間どうぞよろしくお願いいたします。保護者と職員が手を携えてお子達の成長を見守るため,その橋渡しをお願いします。

 さて,総会冒頭の挨拶では長い時間を頂戴し,申し訳ありませんでした。ただ,今日の話の「決して他人事(ひとごと)ではない」というキーワードだけは記憶に残してくださいますようお願いいたします。

 総会の後,藤組のクラス懇談会に参加させていただき,「発達障害」について少しお話しさせていただきました。これも「決して他人事ではない」ことです。また機会がございましたら何らかの形で皆様にお伝えさせていただきたいと思っております。

H28.04.16

 

「大惨事です」

 

 阪神淡路大震災規模の大地震が九州地方に発生しました。一昨日は9名の方が,今朝未明の地震では午前10時現在では11名の方がお亡くなりになったとのことです。お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りします。

 そして今も余震が頻発しています。九州地方の方々の安全を祈願すると共に,今後私たちにできることを考えていきたいと思っております。その節はご理解とご協力とをどうぞよろしくお願いいたします。

 

H28.04

 

「心がうきうきする春です♪」

 

 ご入園,ご進級おめでとうございます。境内の満開の桜が子ども達をお祝いしているかのようです。今年度は22名の新しいお友達を迎え,藤組26名,青組28名,黄組29名,赤組26名,桃組26名,さくら組12名の合計147名で平成28年度がスタートします。

 

 春は心がうきうきする季節だといわれています。恐らく,寒さの厳しかった冬を越して暖かくなったこと,多くの花が咲きだすこと,入学や入園の季節であることなどからでしょう。子どもも大人もうきうきするこの季節,多くの方々に「忙しいけど,しんどいけど,人生って何かいいな」と感じていただけたら幸いです。

 

 さて,壬生寺保育園では何よりも伸びやかな保育をモットーとしています。人格の形成においてとても大切な乳幼児期に「優しく,厳しく,そして丁寧に」を心掛け,心の通った保育を進めてまいります。

 

子ども達は成長と共に喜怒哀楽の表現も豊かになってきます。大人にとってやりにくい行動をとることも増えてきます。でも,そこで押さえつけるのではなく,子どもの立場に立って正しく導くことが重要です。泣いたり笑ったり,お友達とのかかわり方を学んだりする中で,自立に向けて試行錯誤させてあげてください。そして,小学校に入学するまでに,ルールをきちんと守り,先生のお話はしっかり聞き,お友達と仲良く過ごし,自分のことは自分でできる子どもに育てていきましょう。

 

どうぞ一生懸命子育てをなさってください。子どもの将来を見据えて子育てをなさってください。そして,子育てのことで悩みごとがありましたら,どうぞお気軽に園にご相談ください。ご家庭と園とでしっかり連絡を取り合って,大切なお子達を育ててまいりましょう。

 職員一同,のの様(仏様)に見守っていただきながら,子ども達と一緒に笑顔で一年を過ごしていこうと心を新たにしています。ご理解とご協力とをどうぞよろしくお願いいたします。

H28.04.01

 

「サクラサク~2~」

 

 五分咲き,というのでしょうか。いい感じに咲いてきました。今日やや冷え込んで雨が降り,明日暖かくなれば満開近しですね。入園式当日のの4月4日(月)はきっと花盛りでしょう。

 ただ,日曜日と月曜日は降水確率が高いので,とても心配しています。22人の小さな子ども達のために,どうぞ雨があがりますように!

H28.03.24

 

「サクラサク」

 

 壬生寺保育園の南側の桜が開花しました。まだほんのわずかですが,咲いてくれました。

 私は年齢を重ねるごとに桜が好きになってきました。確か50代半ば頃になって初めて桜の花をきれいだなあと思えるようになったと記憶しています。それまでは「仕事!仕事!」で,心に花を愛でる余裕がなかったのでしょう。

 歳をとるというのも結構いいものかもしれません。

 特に目当ての場所があるわけではありませんが,今年も目に触れた桜をゆっくり鑑賞しようと思っています。

 

 またしても独り言をつぶやいてしまいました。お付き合いくださってありがとうございました。

 平成28年3月

 

        1年を振り返って

 

 

私が壬生寺保育園に赴任しておよそ1年の月日が経ちました。私は保育園の仕組みや保育の内容等,わからないことや知らないことが多かったので,さぞかし保護者の皆様方に不安感を与えてしまったのではないかと推察いたします。ご迷惑をかけしました。

 しかし,申し訳ないのですが私自身はとても楽しい1年を過ごさせていただきました。不慣れな事務や経理に追われる毎日だったのですが,子ども達の成長の様子や無邪気な笑顔に接すると疲れや悩みが吹き飛んでしまいました。私は壬生寺保育園の子ども達のことが大好きです。素直で表裏がなく,明るく元気で人懐っこい子ども達のことが大好きです。

 

 

寝転んでいただけの子が寝返りを打つようになり,いつしかはいはいやお座りができるようになります。そうするうちに立つことができるようになり,歩き始めます。おもちゃを掴んだり,口に運んだり,取り合いが始まったりします。言葉で伝えられないもどかしさから,お友だちを押したりたたいたり噛んだりして自分の意思を伝えようとします。おしゃべりできるようになったら飛躍的に語彙数が増え,やかましいぐらいになります(失礼!)。排尿と排便は,個人差こそあれ徐々に自立していきます。「自分と先生」が世界のすべてだったのが,「自分と多くのお友だち」へとだんだん世界が広がっていきます。喜怒哀楽の感情がはっきり表に出るようになります。卒園が近付くころになると,互いに自己主張するだけでは問題が解決しないことがわかり,自分と相手の思いに折り合いをつけることを学ぶ子が増えてきます。

 

子どもの成長って,とっても早いんですね。そして,尊いものですね。

 

 

さて,ここでしっかり確認しておきたいことがあります。

それは,子どもは自ら望んでこの世に生を受けたわけではないということです。親が意思をもって,自らの責任でこの世に迎えたということです。ですから,親は子どもに愛情を注いで育てる責任があると私は思うのです。

しかしながら,世の中には,その責任を放棄し,子どもを邪魔者扱いする親がいるようですが,まったくもって考え違いも甚だしいと怒りさえ覚えます。

また,虐待とまではいかなくても,我が子に愛情を注げない親がいるようですが,子どもにとっては迷惑な話です。「そんなんだったらどうしてわたしを産んだの?」「僕を産まなきゃよかったんじゃないの?」という声が聞こえてきそうです。

 

 

子どもは宝物です。でも,その宝物を磨いてより立派なものにするのも,汚れをつけてしまうのも親次第です。

 どうか,奇跡的に授かった得難い宝物を愛情で磨いてピカピカにしてください。どうぞよろしくお願いいたします。

H28.02.12

 

「お願いが

 

あります」

 

 

 

 

 これは壬生寺の境内にある水掛地蔵です。

 

 

 

 

 毎日,多くの方がお参りに来られます。

 

 そのために,お寺の方々は毎日毎日きれいに保っておられます。

 

 

 

  2日前の午後6時頃,この場所にある砂利が,水掛地蔵に投げ込まれました。

 

 

 お地蔵さまの意味がわからない子どもがふざけてやったものと思われます。

 

 

 

 

 

 

 汚れたもの,乱れたものは誰かが元に戻さなければなりません。

 

 このような投げ込みは頻繁にあるようです。その都度,お寺の方が砂利を一つ一つ取り除かれます。

 

 私は申し訳ないとともに,寂しい気持ちになりました。

 

 

 

 壬生寺では午後5時になると西門以外は閉門されます。

 境内の一般開放が午後5時までだからです。

 つまり,午後5時以降の境内は,一般的には出入りできないところなのです。

 自由な遊び場所ではないのです。

 

  お願いです。

 

 子ども達に「境内は自由奔放に遊ぶ場所ではないこと」を教えてあげてください。

 公共心や公衆道徳を身に付けさせてあげてください。

 そして,お迎えに来られたら,できるだけ早くお帰りください。

 どうぞよろしくお願いいたします。

平成28年2月

 

新聞記事より

 

 

 

今回は昔話ではありません。最近気になる記事とそれに対する私見です。

出典はいずれも京都新聞です。

  

(1)「受動喫煙」について

    【平成271022日(木)夕刊より】

  

『家族の吸うたばこの煙にさらされた子どもは,家族に喫煙者がいない子どもに比べて,3歳までに虫歯になる可能性が2倍になったとの研究結果を大学の先生たちのチームが英医学誌に発表した。特に面前で吸われる環境にあった子では2.14倍だった。受動喫煙によって唾液の成分が変化し,虫歯の原因菌が集まって歯垢や虫歯ができやすくなる可能性が示されている』

 

これは7万6920人のデータを解析したものだそうですから,かなり信頼度の高い研究結果だと私は思います。

 

しかし,これはどうなんでしょうか。保護者や家族が子どもの面前で日常的に喫煙するなんて,無意識下の「虐待」とも受け取れる行為ではないでしょうか。

 

子どもの乗っている自家用車の中で喫煙している大人の姿を何度も見たことがあります。自動車と言えば閉鎖性の高い,いわば「密室」に近い構造です。どうしてそんなことをするのか,私には理解できません。さらに,虫歯だけの問題ではなく,子どもの呼吸機能に悪影響を及ぼしたり,肺がんリスクが高まったりすることでしょう。また,幼くして喫煙習慣が身に付いてしまうかもしれません。子どもは親が自由にできる「持ち物」ではありません。

 

奇跡的に授かったと言っても過言ではない,世界でたったひとつの大切な命。本当に大切にしてほしい。  

 

 

(2)「3歳児の7%は寝不足状態」

    【平成28年1月12日(火)夕刊より】

  

 『3歳児の約30%が午後10時以降に就寝し,約7%は睡眠時間が10時間未満の睡眠不足状態にある。また,昼寝を含む1日の合計睡眠時間は,3歳児の場合,10時間未満が7%,10~12時間未満が44%,12~14時間未満が47%,14時間以上が2%だった』

 

 これは全国の子ども約10万人を対象にした環境省の調査結果です。3~5歳児は10~13時間眠るのが適切とされています。眠ることが「仕事」なのです。しかし,日本の赤ちゃんは国際的に見ても睡眠時間が短いそうです。

 

 各家庭でそれぞれの生活リズムがあるでしょうが,子どもの正常な発育を最優先させてほしい。 

 

 

(3)「スマホに子守をさせないで!」

    【平成27年12月21日(月)まで7回連載】 

 

 『乳幼児は,親など周りにいる人との生身のかかわりを通して,心身が育まれていきます。特に言語や社会性は,端末の画面を眺めているだけという受け身の姿勢では,発達しにくいのです。

 例えば初めて見る遊具やおもちゃで遊ぶとき,近づいて触ってみる動作をしながら,子どもは親の顔をちらっと見ます。「これでいいの?」「やっていいの?」という,承認を求めるまなざしにほかなりません。そのたびに親は「すごい」「できたね」などと言葉掛けをします。

 そんなやりとりを,周りの人との間で体験することによって,話す力や感性が育ってゆくのです。』

 

 この連載では,スマホの使い過ぎが乳幼児の育ちや親子の時間を奪っていること,スマホの使用時間と学力との相関関係(文部科学省「全国学力・学習状況調査」)にも触れています。 

 「うちの子はスマホで遊ぶのが好きだから」「スマホを渡しておくと手がかからないから」などと,親の都合のいいように解釈し,安易にスマホやタブレットなどを与えてほしくない。

 

 また,同紙の平成28年1月23日(土)朝刊には「小学生の視力 過去最悪」という記事が載っていました。文部科学省の2015年度学校保健統計調査の速報値を紹介した記事です。

 そこには,「裸眼視力が1.0未満の小学生の割合が30.97%である」と書かれていました。これは1979年度の調査開始以来,過去最悪の数字だそうです。

 文部科学省は「スマートフォンやパソコンなど,近くを見る機会が増えたことが関係しているのではないか」とみているそうです。

 

 

 いずれにしても,子どもが自らの意志で選んだ道ではありません。自分の意志とは関係なく,周りの大人によって与えられた環境です。しかし,私たち大人は子どもの成長にとって最適な環境作りをしなければなりません。

 以上3例以外にも似たようなことがあるでしょう。今一度,自らを振り返ってみてくださいますよう,お願いいたします。

H28.01.04

 

「小屈大申」

 

 昨年の暮れに,壬生寺貫主の松浦俊海様から書を頂戴しました。

 素晴らしく達筆で,書かれた言葉のもつ意味も深い味わいがありますので,保護者の皆様方にも見ていただこうと,1階ホールの掲示板横に掲げておきました。

 一度ご覧ください。新年にぴったりの言葉だと思います。

 後になりましたが,今年もよろしくお願い申し上げます。

 

(貫主様による解説)

 

*小屈大申

 

 平成二十八年の干支は申(さる)です。

 「申」は伸に通じます。ここでは干支の「申」や猿とは関係ありません。

 「小大屈伸」とすると覚えやすいです。

 

 その意味は、

 

    もし始めに不当な扱いを受けて悔しい思いをする小事があっても、

    屈せずに乗り越えていけば、それが大事なる業績に伸展する。

 

と言うことです。

平成27年12月28日

 

1年の終わりに

 

   この1年間,本園の保育活動に深いご理解と大いなるご協力を賜り,誠にありがとうございました。

 4月に赴任したばかりのわからないことだらけの園長でしたから,うまく舵取りができたかどうかいささか自信のないところではありますが,保護者の皆様や地域の皆様に温かいお心で見守っていただいたお蔭で,子ども達はみんなすくすくと育ち,しっかり成長いたしました。

 来年も本園のモットーであります「優しく,厳しく,そして丁寧に」を心に刻み,子ども達の心身の成長につながる保育を推し進めたいと,職員一同心を新たにしております。新しい年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 最後になりましたが,皆々様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。良いお年をお迎えください。

平成28年1月

 

便利になり過ぎて困った世の中です

 

 

 

 またまた昔話から始まりますことをお許しください。

 

 私の家に電話機なるものが登場したのは,私が高校3年生の時でした。それまでは近所の親戚宅に「呼び出し」を頼んでいました。「呼び出し」は呼びに来てくれる親戚に面倒をかけますが,よその家にのこのこ上がり込んでしゃべる自分も落ち着きませんでした。ですから,自宅に電話機が入った時の喜びはこの上ないものでした。ただ,電話機は家族の集う居間に置かれていましたので,ちょっぴり照れる相手との会話や家族に聞かれたくない内容のときは焦りました。

 

 しかし,今は個人持ちの電話機があります。自分の部屋に持って行こうと,外へ持ち出そうと思いのままです。家族や周りの人に会話を聞かれたくなければメールという手段があります。外出中に待ち合わせ時刻を変更しなければならなくなった時には電話かメールで伝えることができます。多くの知人友人と情報を共有したければLINEです。フェイスブックやツイッターで自分の近況や思っていることをとっても多くの方々に伝えることもできます。広告を見て商品を購入することもできますし,友達が欲しければSNSで知り合うこともできます。

 

 こんな便利な世の中になったことは歓迎すべきことなのでしょうが,私は便利さと引き換えに困ったことの方が圧倒的に増えたと思っています。

 

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 つい数か月前,関東のとある小学校で,在籍する児童の母親2人が相次いで自死されました。私は真相を知りうる立場ではないので正確なことは申せませんが,報道によりますとお2人ともLINEなどによって保護者グループから執拗に攻撃を受けていたそうです。SNSのない世の中だったら,と考え込んでしまうような悲惨な出来事です。

 

面と向かって言いにくいことでも,スマホになら気楽に入力し送信できます。あまり罪悪感を感じないままにグループ外の人の悪口をLINEに書き込むこともあるでしょう。グループ内の「暗黙の決め事」やグループ内の有力者の意向を尊重する余りに,話題の流れが良くない方向に進むこともあるでしょう。「外し」に遭うと怖いので,その良くない流れに逆らえなかったり,他人に知られたくない個人情報を暴露されても我慢したりするしかないのでしょう。

 

さらに,ルールやエチケットをないがしろにする人が増えてきたことも大変大きな困りごとです。

 

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便利さと引き換えに重大な困難を背負ってしまった私たちは常に自分の行動を振り返り,次世代を担うべき子ども達に正しいことを伝える義務があると,私は思います。一度立ち止まって考えてみてくださいますよう,お願い申し上げます。

 

平成27年12月

 

「真似る」子ども達

 

 

 

 また「逆ギレ」事件が起こってしまいました。岩手県のガソリンスタンドで,順番を守らずに給油をしようとした男が従業員に注意されたことに腹を立て,その従業員を軽乗用車ではねて殺人未遂の疑いで逮捕されたそうです。世の中の大人達はどうしてこうも頻繁に子ども達に悪い見本を見せるのでしょうか。残念でなりません。

 

 

 「学ぶ」という言葉には,「まなぶ」だけでなく「まねぶ」という読みもあります。恐らく「学ぶ」は「真似る」が語源なのでしょう。つまり,子どもは大人の言動(言葉と行動)を真似て,生きざまを学んでいくということです。

 

 

 先日,近所の商店で買い物をしていたとき,父親らしき人物が4,5歳ぐらいの子どもをひどく怒鳴りつけている場面に遭遇しました。周りに響き渡るような怒鳴り声だったので,多くの買い物客が遠巻きに眺め,その子どもは怯えるように謝罪を繰り返していました。どうやら自分の欲しい物をしつこくおねだりしていたことが原因だったようですが,「そこまで声を荒げなくても…」という思いで見守っている人が多かったと思います。

 

小さな子どもは怒声や腕力といった「力」で抑え込むことができます。しかし,そうされた子どもは一体何を「学ぶ」でしょうか。「自分の思いを相手に伝えると大変な目に遭うから,自分の思いは胸の中に秘めておこう」なのかもしれません。または「相手に腹を立てたら怒鳴ればいいんだ」「腹が立ったら人前で怒鳴りつけてもいいんだ」かもしれません。もしかすると,父親への恨みが積もるだけなのかもしれません。これは恐ろしいことです。

 

 

 「自分の子が主役になれないなら学芸会を欠席させる!」とねじ込んできた親が何人もいたため、桃太郎が16人になってしまった小学校があったそうです。また,「大勢の前で順位をつけて恥をかかせるとは何事か!」との激しく執拗なクレームがあったために,運動会のかけっこでみんな手をつなぎ,並んでゴールする小学校もあるそうです。この事例をどのように受け取るかは賛否分かれるところでしょうから評論は避けますが,内容はともかく,話し合いではなくねじこんだりクレームをつけたりする親の姿から子ども達は何を学ぶのだろうかと気をもむところではあります。

 

 子どもは親の背中を見て育ちます。親の考えが何より正しいと信じて育ちます。「この世は文句を言うたもん勝ち」「身勝手なことでも,何とかしてくれる人に泣きついたらいいんや」「努力するよりズルいことを考えた方が得する」なんてことを学ばせないようにしなければなりません。

 

 

 これからの世界を背負っていくべき子ども達には,真っ直ぐな道を歩ませたいものです。この世で尊いものは「汗」であり「誠実さ」であり「優しさ」であるはずです。間違っても「怠慢」「嘘」「ごまかし」「卑怯」を身に付けた子どもに育てたくはありません。そのためにも世の中の大人たちがしっかりしなきゃなりません。どうぞよろしくお願いいたします。



平成27年11月

 

お子達は「考える葦(あし)」ですか?


 パスカル曰く,「人間は一本の葦であり,自然のうちでもっとも弱いものにすぎない。しかし,それは『考える葦』である」

つまり,「人間とは孤独で弱い生き物だが,考えることができることは偉大であり,尊厳がある」ということです。考えることのできる生き物は他にも存在しますが,人間ほど深く多面的に考えることのできる生き物はいないでしょう。でも,いくら『考える葦』であっても,幼少期から常に物を考える習慣がなければ「浅く一面的に考える」ことしかできないでしょう。

では,どうすれば考える習慣をつけることができるのでしょうか。答えは簡単です。親が常に「この子に物を考えさせよう」という意識をもつことです。子どもにあれこれ指示を出すのではなく,まずは自分で考える習慣をつけることです。

世の中には「マシンガントーク」のごとく,子どもが物を考える暇がないぐらい矢継ぎ早にあれこれと指示を出す親がいますが,これはいけません。その子は物を考えなくても,親の指示に従ってさえいれば生きていけるからです。その結果,親から独立できなくなったり,巣立ったとしても自分に自信がなく判断できない人間になったりするかもしれないからです。

何かと忙しい親にしてみれば,いちいち子どもに問いかけて考えさせるより,手っ取り早く指示した方が簡単かつ速く事を進めることができるので都合がいいでしょう。いつも「はい」「はい」と親の言うことをきく子は,親にとっては育てやすい子どもでしょう。でも,将来を考えたとき,とても不安です。子どもはいつか親から離れなければならないから。

さあ,子どもを大きく伸びやかに育てましょう。物事をしっかり考える葦にしましょう。結びに,一篇の詩を紹介します。

 

※「園だより」には「一遍」と記載しましたが,正しくは「一篇」もしくは「一編」です。お詫びし,訂正いたします。

 

     詩 「子は親の鏡」

 

けなされて育つと,子どもは,人をけなすようになる

とげとげした家庭で育つと,子どもは,乱暴になる

不安な気持ちで育てると,子どもも不安になる

「かわいそうな子だ」と言って育てると,子どもは,みじめな気持ちになる

子どもを馬鹿にすると,引っ込みじあんな子になる

親が他人を羨んでばかりいると,子どもも人を羨むようになる

叱りつけてばかりいると,子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう

励ましてあげれば,子どもは,自信を持つようになる

広い心で接すれば,キレる子にはならない

誉めてあげれば,子どもは,明るい子に育つ

愛してあげれば,子どもは,自分が好きになる

認めてあげれば,子どもは,自分が好きになる

見つめてあげれば,子どもは,頑張り屋になる

分かち合うことを教えれば,子どもは,思いやりを学ぶ

親が正直であれば,子どもは,正直であることの大切さを知る

子どもに公平であれば,子どもは,正義感のある子に育つ

やさしく,思いやりをもって育てれば,子どもは,やさしい子に育つ

守ってあげれば,子どもは,強い子に育つ

和気あいあいとした家庭で育てば,子どもはこの世の中はいいところだと思えるようになる

 

「子どもが育つ魔法の言葉」 (ドロシー・ロー・ノルト,レイチャル・ハリス)より

平成27年10月  


「逆ギレ」考

 

 近年,「逆ギレ」する人が増えてきたと,聞いたことがあります。そう言えばそうかもしれないなと思い,このことを子育てと関連させて考えてみることにしました。

 そもそも「逆ギレ」という言葉は芸人のMさんが最初に言い出したとか,広めただけだとか色々言われていますが,発案者はともかく,なかなかうまくできた言葉だと私は思います。調べてみますと,「逆ギレ(逆切れ)」という言葉を収録する国語辞典の数は2桁なのだそうです。もうしっかり市民権を得た言葉になっています。

 では,「逆ギレ」とはどういう意味なのでしょうか。例解新国語辞典(三省堂)には「とがめられた人が,あやまるべきなのに,とがめた人に対して逆にはげしく怒ること。(用例)マナーを注意されて逆切れする。」とあります。

 「逆ギレ」はともすれば大変悲惨な事件をも起こしてしまいます。

昭和52年に発生した「東大阪クラクション殺人事件」は衝撃的でした。青信号になったのに前の車が進まないから「信号は青になってるよ」ということを知らせようとしてクラクションを鳴らした人がいた。すると,前の車の運転手は「逆ギレ」し,拳銃を発砲して殺人を犯した,という恐ろしい事件でした。

調べてみると他にも多くの「逆ギレ」事件がありました。平成24年には横断歩道で信号無視をした男が,そのことを注意した高齢の男性に対して激高し,殴って死に至らしめました。

これらは特異な事件ですが,私たちの身の回りでも日常的に「逆ギレ」事件は起こっています。ご近所でも,職場でも,学校でも,家庭でも。私自身も家族相手に逆ギレした記憶があります。もっとも暴力は振るいませんでしたが。

では,人は何故「逆ギレ」するのでしょうか。

人間(動物)には「攻撃されたら攻撃し返す」という本能があるようですが,その本能が存在するとしても,自然や外敵から自分や仲間を守るための本能だと思います。「逆ギレ」はそういう本能とは違って,自分が謝るべきことをしているのに,逆に相手を責め(攻め)る行動です。

「逆ギレ」は反射的に出る態度でしょうが,計算された行動でもあると私は思います。

「注意の仕方が悪い」とか言って「逆ギレ」することによって,「その場をごまかす」「何とかやり過ごす」「問題を先送りする」「話をうやむやにする」「謝らずに済ます」ことを狙っているのではないでしょうか。または「見栄を張る」「ひっこみがつかない」といった場合にも「逆ギレ」することがあるかもしれません。「恥をかかされた」とでも思うのでしょうか。

前出2例の事件のような場合は「自分は悪くても,とにかく注意されることがむかつく」といったところでしょうか。

でも,先にとがめられるようなことをしたのはその人です。まずはごめんなさいの気持ちを持たなければなりません。

幼い子どももよく似た行動をすることがあります。

静かにしなきゃならない場面で先生から注意されると,「○○ちゃんだってしゃべってはるもん!」とむくれる子。

いやいやあなた,あなたがおしゃべりしていることを注意されたんだよ。そのことを反省するのが先だよ。○○ちゃんはあなたから話しかけられたから声を出したんだよ。あなたの周りの大人の良くない言動を真似ているのかな。

子どもは白紙の状態から,段々色がつき,模様が描かれていくようにして大きくなっていきます。周りから,良くも悪くも色んな情報を得て,その情報を吸収していきます。ですから,周りの大人は白紙の状態の子ども達に正しい情報を提供する責任があります。「謝らずに済ませようとする」子どもにしてはいけません。「その場をごまかそうとする」子どもや「責任のがれをしようとする」子どもにしてはいけません。子どもに「良くない背中」を見せないでください。

大人が正しい行いをすること,そのことこそが子育ての基本なのかもしれません。皆さん,いい子に育てましょうね。


平成27年9月


夜は怖いものだったのですが…

 

 またしても幼き命が奪われるというむごたらしい事件が起こってしまいました。夜は家で寝ていてほしかった。

 いつも昔と比較して申し訳ありませんが,私が子どもだった頃,子どもにとって『夜の闇』はそれはもう恐ろしいものでした。だって,子どもが夜に外へ出ると『子取り』にさらわれるからです。さらわれたら売り飛ばされて,二度と家には帰れないからです。親からは耳にタコができるほど,そんな風に言い聞かされていました。ですから,当時の子ども達はカラスと同じで,『夜の闇』がとっても苦手でした。

 でも,今の子ども達の多くは夜だってへっちゃらです。もちろん昔と違って町には遅くまで開いているお店が多く,街灯もたくさん点いているので,そのことも夜がへっちゃらな要因だと思います。でも,更に大きな要因は今の子ども達が『夜の闇』に慣れてしまい,そればかりか夜を魅惑的に捉えてしまっていることだと思います。親の夜遊びに付き合っているうちに『夜の闇』が怖くなくなるだけでなく,夜の世界に憧れをもつようになった子どもが多くいることでしょう。困ったことです。

 間違っていれば申し訳ないのですが,朝,昼,夜の犯罪発生率を比較すると夜のそれは群を抜いて高いだろうと私は認識しています。そして,今回のつらい事件のキーワードは『夜の闇』と『子どもの居場所』です。犯罪ですから勿論犯人が一番悪いのですが,周りの大人には全く責任がないのでしょうか。いや,大いにあると私は思います。

夜の闇の中,徘徊している2人の中学生を見かけて,話を聞いたり注意したり警察に連絡したりする大人が残念ながらいなかったようです。「反撃が怖い」「ラインで仲間を呼ばれたら大変」「親がどこかにいるんじゃないか」「自分には関係ないしな」などとお考えになったのでしょうか。

また,家庭に居場所のない子どもが世の中にたくさんいます。引き篭もったり,家出を繰り返したり,非行に走ったりする子どもがたくさんいます。でも,私は幼い子どもに罪を被せたくありません。居場所がない理由には虐待(多くの場合はネグレクト),両親の不仲やドメスティックバイオレンス,家庭生活のリズムが安定しないこと,家庭が貧困であることなどが挙げられるはずだからです。これらは子どもの責任じゃあない。世の中の仕組みや世の中の大人がしっかりしていないから子どもの居場所がなくなるのです。居場所がないから心を閉ざしたり,外へ飛び出したり,やけになったりするのです。

どうぞ,子どもを心から愛してください。道具を与えて,愛したような気になるのはやめてください。GPSは便利な道具です。でも所詮は親の気休めなのかもしれません。ゲーム機やスマホを与えると子どもは喜び,静かに過ごしてくれます。でも子どもの成長にとって大きな弊害があります。人とのコミュニケーションを煩わしく思う子どもにします。

どうぞ,子どもを心から愛してください。「怒る」のはやめてください。自分の感情を子どもにぶつけないでください。どつかないでください。怒鳴らないでください。「叱って」ください。愛すればこそ,心を落ち着けて注意してあげてください。

どうぞ,子どもを心から愛してください。『夜の闇』は怖いものだと思わせてください。『子取り』にさらわれる話もしてください。子ども連れでの夜間の外出はできるだけ避けてください。夜は早く寝かせてください。

二度と忌まわしい事件が起きないように,大人がしっかりしなきゃなりません。どうぞどうぞよろしくお願いします。



平成27年8月


園長のなが~いひとりごと

 

 私が小さかった頃,子どもが夜更かしできるのは大晦日だけでした。普段は8時か9時になったら布団行きの指令が親から出るので,「つまんないな」と思いながら横になったものです。当時の我が家は2部屋だけの小さな家でしたから,隣室から漏れ聞こえてくる話し声に耳を傾け,大人の会話に加わりたいなあと指をくわえながら,いつしか眠ってしまっていたものです。また,その頃は子どもが大人の会話に口をはさむことは許されない時代でした。子どもが大人の持ち物に触れることも許されませんでした。大人は子どもとは明らかに一線を画していました。子どもが親の顔色をうかがうことはあっても,親が子どもに気を遣うなんてことはまず有り得ませんでした。

 

だから,当時の子どもたちは大人のひとや大人の世界に対して強烈な憧れを抱いたものです。遅くまで起きていられる大人,何やら難しそうな話をする大人,子どもが触れることのできない物を持っている大人,何だかとっても大きく見える大人,物知りな大人,器用な大人,話すのが上手な大人,子どもの嘘を確実に見抜く大人,そんな大人になることを夢見ていたのです。大人を尊敬していたのです。「早く大人になりたい。一人前だと認めてもらいたい。そのために何でも一人でできるようにならなきゃ」と多くの子どもは真剣に考えたものです。一生懸命努力したものです。

 

 しかし,今は大きく違ってきています。子どもは多くの場面で大人と同じことができるようになりました。就寝時刻も,夜間の外出も,持ち物も,髪形も,髪の色も…。子どもにしてみればいい世の中になったものです。

 

 でも,ここで一度立ち止まって考えてみてください。大人と同じことをさせてもいい場面とさせてはいけない場面の選別をしなくていいのでしょうか?私は心身共に未発達な子どもには年齢相応の生活をさせるべきだと思います。

 

 夜遅くまで居酒屋で大人に囲まれてはしゃぐ子どもを見たことがあります。酒席というのは,大人にとってはストレスを発散したり友好を温めたりする場所ですが,子どもにとってはマイナス面がとても多いと私は思います。「この子,今は刹那的に楽しいだろうけど,これでいいのかな。早く帰って早く寝てくれないかな」と,冷や冷やして見ていました。

 

 親が手を離せないときや子どもがぐずったとき,幼い子にタブレットなどを与える家庭があると聞いたことがあります。私はさせてほしくありません。常習化すると脳の発達に悪影響を与えるに違いないからです。引き篭もりの一因になるともいわれているからです。絵本やクレパスやパズルで一人遊びできる子どもにするのは難しいのでしょうか。

 

 スマホでライン,ゲーム機で通信。便利だけど不安がいっぱいの世の中になったものです。大人でさえ個人情報を流出させてしまったり,ラインで嫌な思いをしたりさせたりした人がたくさんおられるに違いありません。スマホや通信機能のついているゲーム機はあまり早く与えないでほしいのです。もし与えるにしても家庭でルールをきちんと設定し,機能の制限をかけてほしいのです。大切なお子達がネットトラブルに巻き込まれないようにしてあげてほしいのです。

 

 「デジタルもいいけど,アナログは心が休まるなあ。便利な世の中もいいけど,昔の不便さが懐かしいなあ」なんて独りつぶやく園長でした。

 

 前回に続いての長文,大変失礼致しました。

 

 

 

H27.07.26

 

 お泊り保育2日目の朝を迎えました。

 もうすぐ起床の時間なのですが,子ども達はまだ思い思いの格好で夢の中にいます。

 

 さて,手前味噌ではありますが,私は本園の職員を誇りに思っております。

 赴任した4月からもそのような思いを持ってはいたのですが,今回のお泊り保育でその思いを一層強くしました。

 藤組の担任だけでなく,全職員が一丸となって藤組の子ども達が健康安全に過ごせるように,良き思い出を残せるようにと縁の下の力持ちの役割をこなしてくれました。

 すべてのプログラムにきちんとした計画と役割分担とがあり,子ども達が楽しめるようにとてきぱき動いてくれました。

 宿泊は全員ではありませんでしたが,帰宅する職員も子ども達が眠るまで寄り添ってくれていました。宿泊した職員は交代で寝ずの番をしてくれました。早朝に駆け付けて,朝食の準備にかかってくれる職員もいました。ありがたいことです。

 言い尽くせませんが,とにかく「子どものために!」という強い思いを感じ取ることができたのです。 

 ただ,このようなことはどの園でも当たり前に行われているのかもしれません。私が他職から今の職に就いたから感動しているだけなのかもしれません。

 しかし,そうであったとしても,私が本園の職員を誇りに思う気持ちに変わりはありません。

 職員の皆さん,ありがとう。

 

 …園長のつぶやきでした。

 

 

H27.07.11

 

 本園のプール開きは7月13日(月)です。

 今日はその準備を進めました。


 幼児用プールはごしごし磨いて,清掃完了!

 乳児用のビニールプールは空気入れ完了!


 多くの園児はプール・水遊びを楽しみにしていることでしょう。

 いよいよ来週から始まります♪

H27.07.02 ~その2~

 

 業者の方が一生懸命作業してくださったので,約1時間で完成しました。

 お手伝いしていた職員もにっこり嬉しそうな表情でした。

 このプールには幼児(藤,青,黄)のみんなが入ります。

 プール開きは7月13日(月)の予定です。

H27.07.02 ~その1~

 

 プールの設置作業が始まりました。

 昨日の予定だったのですが,雨天のため順延しました。

 

 いよいよ夏到来!ですね。




平成27年7月

  

子どもの正常な発達は大人が育むものです


 いよいよ夏真っ盛りとなりました。多くの子ども達が楽しみにしているプール遊びや水遊びの季節です。でも,「楽しい!」だけで終わるのではなく,「プールや水遊びにもルールがある」ということもしっかり指導していきます。また,職員一同,痛ましい事故の教訓を胸に,大切なお子達の安全確保に一層努める所存でございます。

 さて,今月は「子どもの知的な発達」について私見を述べます。

 その昔,茶の間にはラジオがあり,家族みんなで耳を傾けていました。ラジオには画像や映像がありませんから,子ども達はラジオから聞こえてくる声や音楽を聴いて『想像力』を高めました。また,夕食後は家族みんなにその日の出来事を聞いてもらったり,プラモデルを作ったり,トランプやすごろく,将棋を楽しんだりして,『コミュニケーション能力』や『創造力』,『思考力』,『情報活用能力』を高めました。勿論,本に親しんで『知識』を得たり,その知識を『活用』したりする時間は豊富でした。

そのうち,茶の間にテレビが入ってきました。テレビを観るには「目」と「耳」を働かせなければなりませんから,家族との会話は減ってきました。そのうち,「頭」を働かせる必要のある番組が減り,ゲラゲラ笑ったり人をからかったり冷やかしたりするだけの番組が増えてくると,知的効果は期待できなくなってしまいました。それどころか,優しい心の喪失につながりかねない事態です。また,長時間テレビがついたままになってしまい,本と親しむ時間が激減する家庭も増えてきました。

追い打ちをかけたのがテレビゲームです(今ではPCやスマホに進化していますが)。一人黙々と長時間没頭するようになり,幼いうちに獲得すべき様々な力(前出ラジオの段落に記載した力)を身に付ける機会が減ってしまいました。時々「うちの子は教えなくてもアプリを探すことができるから探求心は抜群だ」「うちの子がゲームをするときの集中力は凄い」という声を聞くことがありますが,それは知的な「探求心」や「集中力」とは全く意味が違うと思います。

また,世の中の風潮の変化も子どもの心身の正常な発達に弊害を与えました。その「風潮の変化」とは,一口で言えば「子どもに大人と同じ生活をさせることに疑いを持たなくなった」ということです。

深夜までDVDやゲームに熱中する子,スマホを持つ子,親と一緒に夜遅くまで外出する子,ゲームセンターやパチンコ屋の紫煙と大音量の中に身を置く子,インスタント食品を当たり前のように食べる子,甘い飲み物を規制なく飲む子,頭髪を染めたりピアスをつけたりする子など…。

「子どもにそのようなことをさせるのは絶対駄目です!」という権利は私にはありません。親の責任でされることに口を挟もうとも思いません。でも,「子どもの知的な発達」を促すのは親の務めである,ということに異を唱える方は少ないでしょう。私は「面白いことはやる」「面倒臭いことはしない」「何も考えずに自分が楽しいと思うことだけしていたい」というような子どもには絶対にしたくありません。

特に就学前の子どもには発達段階に応じた生活をさせてあげてください。背伸びさせないでください。甘美に映る大人の世界を覗かせないでください。穏やかで,心の落ち着く家庭をつくってあげてください。そして,夜は早く寝る習慣をつけてあげてください。何といっても子どもは宝物なのですから。


 

平成27年6月

 

子ども達に安心・安全を


 暑い夏がすぐそこまでやってきましたが,壬生寺保育園の子ども達は毎日元気に過ごしています。

 でも,まだまだ小さな子どもですから「自分の命は自分で守る」ことはなかなかうまくできません。ですから,周りの大人がしっかりと見守ってあげなければなりません。

 本園では今年度,玄関(通常は閉鎖)と通用門(送り迎え用の門),そして園庭のプール設置場所にビデオカメラを設置し,事務室でモニター画面を見ることができるようにします。また,通用門にインターホンを取り付け,送り迎えの保護者の方以外の来客を確認できるようにします。さらに,避難訓練や消火訓練も充実させていく予定です。

 保護者の皆様方におかれましても,平素より防犯や防災,事故防止に心を配っていただいていることとは存じますが,心が開放的になる夏に向けて,今一度再確認してくださいますようお願いします。

事故防止に関しては,送り迎えの際,素早く門を閉め,確実に鎖をかけてくださいますようお願いします。特に朝はおうちの方と離れる寂しさから心が不安定になる子達が少なからずおります。ついつい保護者の方の後を追いかけ,門から出ようとすることがあります。「ほかの方がもうすぐ入ってこられるから開けたままにしておこう」ではなく,「もうすぐ入ってくる方がおられるけど,いったん閉めよう」と考えていただきたいのです。出入りがあまりないときは,閂(かんぬき)をかけていただけますと更に安心です。外からでは操作しにくいですが,どうぞよろしくお願いいたします。

また,お迎えの折りにお子達を自転車に乗せたままその場を離れられ,目を離された隙に自転車が転倒してしまう事故が時折り起こっています。充分お気をつけください。

子どもはお迎えに来てもらうと,嬉しさのあまり心が無防備になりがちです。ついつい境内を走り回ってしまうことがあるかもしれません。でも,そんなタイミングで事故は起こるものです。しっかり見守ってあげてください。

周りの大人が協力し合って子ども達をしっかり守り,そして徐々に「自分の命は自分で守る」子どもに育ててまいりましょう。ご家庭と園とで連携を深めてまいりましょう。よろしくお願いします。


平成27年4月

 

春がやってきました♪

 

 ご入園,ご進級おめでとうございます。境内の満開の桜が子ども達をお祝いしています。今年度は23名の新しいお友達を迎え,藤組29名,青組26名,黄組28名,赤組28名,桃組26名,さくら組12名の合計149名で新しい船出となります。

 乳幼児期は人間の人格の形成にとって,とても大切な時期です。泣いたり笑ったり,お友達とのかかわり方を学んだり,自立に向けて試行錯誤したりする重要な時期です。ルールをきちんと守り,先生のお話はしっかり聞き,お友達と仲良く過ごし,自分のことは自分でできる子どもになってほしいと願っております。どうぞ「優しく,厳しく,そして丁寧に」子育てをなさってください。そして,子育てのことで悩みごとがございましたら,どうぞお気軽に園にご相談ください。ご家庭と園とでしっかり連絡を取り合って,大切なお子達を育ててまいりましょう。

 職員一同,のの様(仏様のこと)に見守っていただきながら,子ども達と一緒に笑顔で一年を過ごしていこうと心を新たにしています。また,今年度から園長が替わりましたが,昨年度同様のご理解とご協力とをいただきますよう,どうぞよろしくお願いいたします。